【ヒマなひと以外】ぼくとタイランドのヒミツの関係【読まないこと】

こんなに住むつもりはなかったんだけど…

ぼくがここ5年くらい住んでいるのはタイ。冬の寒い時期だけヨーロッパを離れようと思ってここに来たら、犬たちと出会って、一緒に住むようになった。それまでもけっこう頻繁にタイを訪れていたんだけど、そのきっかけになった2週間について、今から話すね。

以下は今から10年以上前の話。元妻とはまだ結婚していたとき。彼女とは別々にバンコクに向かい、バンコクのホテルで会う約束をしてた。ちょっと変わった旅行の仕方だな。帰りも別々だったしね。

腕が痺れて動かなくなった(橈骨神経麻痺というらしい)

橈骨神経麻痺は、とうこつしんけいまひと読む。
この時、ぼくは元妻とバンコクに3泊して、その後ぼくは友人とパリ祭の日に凱旋門の前で待ち合わせの約束をしていたため、バンコクからパリに行く予定だった。

ぼくはバンコク行きの機内で爆睡して、起きてみると右腕が痺れてていうことをきかなくなってた。
バンコクに到着するころになってもしびれは治らず字が書けないから、入国書類、スチュワーデスのお姉さんに頼んで書いてもらった。

2週間後のバンコクからの帰国便の機内で隣に座ったカナダ人の医師が、Saturday night palsyとかhoneymooner’s palsyっていうんだよ、と教えてくれた。週末に深酒をして椅子の背に上腕(脇を)掛けてうたた寝して寝入ってしまったりとか、新婚夫婦の夫が妻に腕枕をしたりすることでよくなる(快方に向かうではなく、しばしば起こる)からそう呼ばれているそうだ。確かに、ぼくがそうなったのも、行きの機内で座席の肘掛けに肘をついて体重をかけるという不自然な姿勢のまま長時間眠ったからだった。
右腕の肘から手の指先までビリビリと痛く、力もうまく入れられないため、字を書いたり、食事で箸を使うことはもちろん、スプーンですくって口に運ぶ動作もうまくできなかったりが結局1ヶ月以上続き、とても不便だった。指先まで痺れていてうまく動かせないため、パソコンのキーボードもぜんぜん打てない。神経の痛みって、そこが痛いだけじゃなく、胸の奥の方でもズンっていう衝撃みたいなものと、イラッとする不快感があって、メンタルにもダメージが大きいと思う。慣れない旅先では一層不便を感じた。

滞在中は、マッサージに行ったり、中華街の中国系の病院を探して、鍼を打ってもらったりしていたけど、ぜんぜんよくならない。

医師のおばあさん曰く、
「あなたいったい何を食べてきたの?すごい栄養失調よ」

そう。
直前の数ヶ月間というもの、ぼくは忙しくてほとんどまともな食事を摂っていなかったんだよね。そのうちに、食欲そのものも激減してしまっていた。
タイでは、フカヒレを食べまくったり、ツバメの巣を食べたり、タイ料理を食べまくって、食欲はおおいに回復。
ツバメの巣は、「300のと500のと800のと1000のとありますけど、どれにしますか?」
って訊かれた。
単位はバーツ。1バーツ約3円。
値段は気にしてないんだけど、君のいちばんのお勧めのやつにするよ
って中国系の子に答えた。
そこはかなりボロっちい店構えだったけれども、そこで働く彼女はすごく聡明そうな子だ。
ぼくはタイ語はぜんぜん分からないし(ちなみに、何年も住んでる今でもまったくちんぷんかんぷんだ。分かろうという意欲が湧かないw)、最初の頃、タイ人の英語が聞き取りにくくて、その子が言おうとしていることがよくわからなかった。
そしたら紙と鉛筆を持ってきて
「・・・・・・華語?」
って漢字で書いた(これねえ、けっこうすごいことだと思うわ。タイには中華系の人々がたくさんいるんだけど…というか自分のことを中国系だと主張する人々が多くいるんだけども、その中で中国語が少しでもわかる人なんてほとんどいないし、ましてや漢字を書くことができる人なんていないぜ、ふつう。彼女頭良さそうだなと当時も思ったけど、今考えてもこの子はすごい)
ぼくはもちろん中国語もまったく知らないわけだけど、「中国語は分かりますか?」
って訊いていることは分かった。なので、
—ごめん。日本人なんだ。華語もわからない
そしたら、300、500、800、1000バーツのツバメの巣が入っている壺を持ってきて、中身を見せてくれる。なるほど、値段によって、きめの細やかさがぜんぜん違うようだなということは分かる。でもきめが細かいのがいいのか悪いのか(おそらくきめ細かいのがいいやつなんだろうけどね)、ぼくにはそれも分からない。
—でさ、どれがお勧め?
「1000のです」
—OK。じゃあそれ下さいな
と、即答したものの、よく考えてみたら、1000バーツって3000円なんだよね。はじめに値段なんか気にしないって言っちゃったけど、3000円ってけっこう高いな。厨房の方へ向かい始める彼女に、
—あ、あ、1000バーツのって、高いから勧めてるわけじゃないよね?おいしいからだよね?(おいしいとかそういう問題でもないよな。効用?)
って確かめた。確かめたところで、本音を言うはずはないんだけどさ。
彼女はニコッとしただけだった
それから、ツバメの巣のスープ?と、数種類の調味料(薬味?)の入ったものを持ってきて
「これが蜂蜜。これが…(忘)、これが…(同左)、これが卵。入れて食べて」
って。
蜂蜜。そういえばこの国は、蜂蜜がおいしいと聞いたことある気がするんだよね。それにぼくは蜂蜜がもともと大好きでもあるし。
じゃあ、蜂蜜入れてみよう。
卵は…卵もこの国の卵は格別だといわれていた気がするけど、ぼくは卵が苦手。それに、もしも有精卵とかだったら、気絶しますから。

とにかく蜂蜜入れて食べてみた。確かにおいしい(というか、確かに蜂蜜味だ)。けど、3000円で何になるのか、ぼくにはその効用がよく分からないもんで(いまだに効用知らないな。ググればいいだけだが、調べる気もしないな)。
だから、ツバメの巣はその時を最後にした。
その後も何度もその店でフカヒレを食べたけど、そのたびに、「ツバメの巣、どうする?」って訊かれた。値段なんか気にしないって言っちゃったからね。すごく太い客だと思われてる。

世界最高のホテル、オリエンタルに泊まる

バンコクに到着して最初に泊まったホテルは、かつて世界最高といわれたオリエンタルホテル。

本当に素晴らしいサービス。ホスピタリティ。
確かに最高のホテルだと思う。
帝国ホテルなんかよりずっといいし(今調べてみると、太平洋戦争中の数年間、日本の帝国ホテルが、委託を受けてオリエンタルホテルの経営を行っていたらしい。おもしろい。でも今は、帝国ホテルよりオリエンタルのほうが居心地いいと思う)、
クールなパークハイアットなんかよりもぜんぜん居心地がいい。

そのかつての世界最高のホテルに元妻と3泊した後、彼女は先に帰国し、ぼくは一気に値段10分の1以下のホテルに移った。ひとりなので、別に高いところに泊まる必要がないもの。
そこを選んだのは、値段が安いのと、wifiがあると書いてあったから(10年前って、wifiも珍しかったんだよね)。

腕が麻痺してたためにトゥクトゥクでお財布をなくした

だけどそのホテル行ってみると、wifiなんて全然ない。
チェックインするとき、
—念のため訊くけど、部屋からインターネットできるよね?
って訊いたら、
「はい」
って言ってたくせに。
ぼくはバンコクからフランスに行くチケットをこれから手配せねばならず、インターネットに繋がらないのは致命的。
ホテルの1階にあるパソコンは、お金を払えば使えるんだけど、英語とタイ語しか表示できない。なんなの?いったい。

それである夜、ホテルから車で5、6分のカオサンって町に出掛けた。

カオサンロード レオ様『ザ・ビーチ』
カオサンロード レオ様『ザ・ビーチ』

その町は、世界中のバックパッカーが集まる町。
雰囲気は、シモキタとか、裏原宿みたいな感じ。
いろんなものが安くて、若者がたくさん集まってて、なのでもちろん、インターネットカフェもたくさんあって、どのカフェでも日本語表示どころか、日本語入力もできる。
そこで久しぶりに自分宛のメールを読んで、自分がフランスに行けないことも知った。
チケットが取れないのだ。

がっかりだけど、右手の自由が全然利かないし、この状態でフランスに行くのはムリかもねって思ってはいた。
だからその町にある安いマッサージを2時間してもらって、パソコンに繋ぐスピーカーを数百円で買って、夜食を買って、ホテルに戻ることにした。時間は午前1時半。
ホテルへは、「トゥクトゥク」という三輪バイクみたいなタクシーに乗って帰った。料金は交渉制。

こんなものに乗ったのが失敗だった。こんな乗り物にはぜったいに乗ってはいけない。乗るなら、財布も荷物も携帯もカメラも持っていないときじゃないとダメだよ。バイクの荷台を広くしたようなものだから、座席の床が地面から高く、乗り降りする際にも何かを落とす危険に満ちているし、座席自体は低く、天井も低いから、座席ではほぼ前屈みの状態。ぼくはふだん電車とかでも座席にものを落とすのがイヤだから、財布とか大事なものはズボンの前のポケットにしか入れないんだけど、座席が低くて浅いと、前のポケットからの財布などの出し入れが難しい。しかも、座席に天井があって屋根はついているものの、前後左右に開いた空間であって吹きさらしなのに、カーブとかですごく遠心力がかかるため、投げ出されそうになる(ジェットコースターとか遊園地の乗り物みたいな感じ)んだよ。だから荷物を座席に置くわけいかずしっかり持ってないといけない上に、自分も手すりにしっかりつかまってないと落ちそうなんだ。しかもトゥクトゥクのドライバーってのは、わざとそうやって飛ばすわけ。白人観光客はやたらとそういうのが好きみたいだけど(ものすごく異国情緒を感じるんだろうよ)。でも自動車が普及している現代では、こんなの基本的には観光客相手のインチキ仕事で、観光客からぼったくる気まんまんでやってる。料金も、行き先への距離で決まるくせに、それ掛ける人数分取るんだ。なんだそれ?タクシーより高くつくんだよ。ぼくはこのとき以来、トゥクトゥクには死んでも乗らないことにしている。ラオスに行ったときは、それしかなくて仕方なく乗ったけれど、ラオスは基本的にタイ人とはぜんぜん違うからね。

—120円でいいよね?
「OK」
ドライバーはスピード狂らしく、めっちゃ飛ばしてぼくをホテルに送り届けた。
—はい、120円。
お金渡して、降りて、いつものようにポケットを確認。
忘れ物ないか。

…財布がない!
ポッケにも、バッグにも、財布がない。トゥクトゥクの座席の床に落とした可能性がある。
慌てて振り返ったら、そのトゥクトゥク、猛烈に走り去ってた。
ちょっと落ち着いて探そう。
いったん部屋に戻って、財布を捜す。
…ない
マジかよ。
財布の中には2000バーツ(6000円)くらいの現金と、アメックス、VISA、MASTER、JCB、免許証、保険証、キャッシュカードなんかが入ってた。
外に出て、ホテルの前にいる警備員に、
—今、トゥクトゥクで帰ってきたんだけど、財布をなくしたの。ぼくが帰ってくるの、見てたよね?
って言った。
「見てたよ。財布ってなに?」
—お金とクレジットカードを入れたちっちゃい入れ物。それないとすごく困るのね
「OK、ちょっと待ってて」
いろんな人に聞いてくれた。たまたまホテルの前の道で客待ちをしてたタクシーの運転手が、ぼくが帰ってくるのと、ポケットを探してるの、財布がなくなったみたいにしてる一部始終を見てたらしい。
その人が、
「あの町まで連れてってあげるよ。一緒にトゥクトゥク探そう」
って言ってくれた。
探しても見付からないだろうなーと思いながらも、厚意に甘えることに。
その時点でぼくはタイバーツを一銭も持ってなかったから、そのおじさんにタクシー代も払えないのに。

警察署で、おさつスナックを食べさせられる。警サツだけに?

結局、カオサンの警察署に行って、事情を説明。
—財布なくしたんです。
「財布って何?」
—お金とカード
「いつ?」
—20分くらい前
「どこで?」
—ここからトゥクトゥクに乗って、ホテルに帰って、ホテルの前でお金払って、たぶん、トゥクトゥクの床に落とした。
「いくら?」
—現金は2、3000バーツだけど、お金はどうでもいいのね。カードが心配なんだ(おっとっと。カード止める前に警察なんかに話してる場合じゃないわ。見つかるわけでもないし)
「どこのホテル?」
—トランってとこ
「お前、タイのメシ好きか?」
—はい。タイ料理好きですけど。
「じゃあこれ食え」
って、おさつスナックみたいなお菓子を勧めてくる
—ありがとう
って食べたけど、とてもそんな気分じゃない。早くカード止めなくちゃ。
「ウマいか?」
—ウマいっす。けど、ぼく財布なくしたんです。
「いつ?」
—だから、さっき。
「どこで?」
—だから、ホテルの前で。
「どこのホテル?」
—だから、トランって。
まあ、食え

「ウマいか?」
—ウマいけど、それより財布見つけて!
そこへ、ぼくを連れてきてくれたタクシーの運転手が来て、タイ語で事情を説明してくれて、覚えてたトゥクトゥクのナンバーも警察に伝えてくれた。
「それでお前、なんだっけ?」
—だから、財布なくしたのね。お金とカード。トゥクトゥクの中に。
「で、どこで?」

完全に遊んでる。
—とりあえず、急いでカード会社に電話したりしなきゃいけないから、ホテルに帰るので、もし財布見付かったら電話下さい。
分かった分かった。ほら、食え、タイフード
—もうタイフードは結構です。
お前、タイフード嫌いか?
—嫌いじゃない。好きだけど、こっちは真剣なのね。あなたふざけてるでしょ?
好きなら食え、ほら。腹へってるだろ?
そんな感じでまた、タクシーの運転手に乗せてもらって、ホテルに帰った。
お金は、明日両替して返すからって約束して。

ホテルから、カード会社に電話。これがめちゃくちゃたいへん。インターネットに繋がらないから、電話番号とかがわかんない。日本は真夜中。
どうにか大事なカードの会社には連絡できたものの、あと数社、どうしても電話番号が分からないので、またカオサンのインターネットカフェに行くことにした。
ぼくを送ってくれたさっきのタクシーはもういなくなってて、別のおじさんに乗せてもらった。
でも、現金がまったくない。日本円で20万円以上、ブーツの底に隠し持ってたけど、夜中なので両替できない。
「これぜったい使えないよな」って思って、財布に入れずにむき出しでホテルの部屋に置いてたTSUTAYAの会員証にクレジット機能がついてたので、カオサンのATMで試しにお金を下ろしてみる。
出た!
キャッシングできた!TSUTAYA最高。(まあ、最高ってほどでもないけれど…。今は知らないけど、昔はTってでっかく青地に黄色で書かれてて、ダッサくていかにも使えなさそうだったんだ)

教訓としては
「卵をひとつのカゴに盛るな」ってことだね。
そもそも、旅行中の財布に、現地で使うはずのない日本のキャッシュカードや免許証を入れて持ち歩いてたのもばかげてるし(なくした現地では別にいいんだけど帰国してからめんどうだった)、クレジットカードを何種類も財布に入れとく必要はなかったな。つうか、何種類も持ってたこと自体、おれアタマ悪い。何枚もあった(AMEX1枚、VISA2枚、MASTER1枚、JCB1枚。ウゼーなこの枚数。今なんて、外国住んでるし仕事もしてないから1枚しかないぜ。本当に1枚だけだと、磁気がおかしくなったり店のPOSがイカれてたりしてダメなときに困るからもう1枚デビットカードくらいあった方がよいとは思うが)から、その分電話で紛失の連絡とか再発行とかめっちゃたいへんだった。それだけで旅行の日程を何日も無駄に消費したわ日本人の場合、旅行中にカード無くして他に予備の決済手段も持っておらず現地で再発行する必要があるとき、連絡や再発行が最も楽でスムーズなのはJCBだと思う
VISAとかMASTERなんて、電話してもつながらなかったり、どこか外国のオフィスに回され英語で話さなきゃいけなかったり、カード会社の人ではない雇われた日本語通訳のフリーランサーみたいのが三者通話で取り持ってくれたりするだけだったりするし、アメックスなんかどこからも交通の便が絶望的に悪いうえに住所聞いても現地の人がわからずタクシーで辿り着くことが困難なおかしなところにオフィスがある。「こっちは財布なくしたから再発行しようとしてんだから、新しいカードをホテルに届けるくらいしろよ。なんのためにゴールドとかプラチナとかの高い年会費払わせてんだよ、そういうイザってときのためじゃねーのかよ。第一財布なくしたって言ってるんだから、受け取りに行くカネもないかもしれないだろ」ってな感じだ(実際は、カード無くす旅行者なんて毎日わんさかいるだろうから、いちいち届けるなんてムリだろうけどさ)。アメックスプラチナ、CITIのVISAプラチナ、黒いダイナースプレミア(あの当時は持ってなかったが後に無料の初年度だけ)、どれもいいことひとつもないよ。つまり上位カードってものはほんとに無価値どころか、高い年会費分のマイナス価値だ。ああいったカード持ってるといいことあるかように思い込ませるイメージ広告とかステマの策略にすぎない。限度額がないとかいっても、カードに限度額がないから高いものが買えるわけじゃないんだし。しかも予め明確な金額で限度が定められてはいないということだから、急に高額決済をしようとしたら電話がかかってきて、その都度承認するって感じで、かえってめんどくさかったりするし。たくさん使ったらいい顔して持ち上げてくるだけで、トラブルの際の対応はふつうのカードと変わらない。アメックスの黒は知らないけど、そんなの持てる人が困ることは少ないと思うから(そんなクラスの人が困るとしたら、そう簡単には解決できないレベルのトラブルだろうから)、センチュリオンで良かった、なんてサービスは、あまり用意されてはいないんじゃないかな。たいていイメージだよ。センチュリオンクラスは極太の客だから、いいサービスが受けられたとしたらそれは極太の客だからだ(「お金持ちで、たくさん使う人は、限られた人だけのクラスに入れます」といわれると、人ってお金かかってもどんどん上のクラスに入りたいって思うものなんだね。それほど大きなメリットがないことは冷静に考えればわかるはずだから、要は、承認欲求みたいなものを満足させるためにそうしてしまうんだろうね。客もばかだけど、うまくてずるい商売だね)

結論としては、日本人旅行者が多い行き先なら専用のオフィスがあったりして少しは安心なのでJCB(プロパーのやつね)を持ち歩き、財布とは別にふつうのVISAかMASTERを予備として持っておけば良いと思う(十分な残高があればデビットカードでもいいかもね)。まあ2枚くらい持ち歩いてもいいかなあ。なんか外国のATMとかPOSとかでの磁気の読み取りって不安定だったりするし、ATMでカードが吸い込まれて出てこなくなったりもするんだ。自分のせいじゃないそんなトラブルで時間や気分のムダはしたくないよね。そして予備のクレジット/デビットカードで残りの旅程を賄えるならば、紛失の連絡だけして、再発行は帰国してからでいいと思う。旅先で発行してくれるカードは臨時のカードにすぎず、帰国したらいずれにしても再発行を受けるので。
ぼくがほぼすべてのカードやらなんやらを持ち歩いていたのは、だいじなものを分散して持つと、自分が払うべき注意も分散させなければならず、それによって無くす危険が高くなると思ってたから。それ自体は今でも正しいと思うんだけど、そもそも免許証とか保険証とかいらないもの持ち歩きすぎだったし、保有クレジットカードも多すぎた。
余計なものは持たないという前提で、自分というひとつのかごに全部盛らないためには、予備のものは常時携帯しないで、フロントに預けるか、ホテルの部屋に置いておく安全な方法を考える必要がある(この点、客室のセーフティボックスなんかに入れるなんてもってのほかだ。誰にだって開けられるから。あんなものが設置されていること自体、悪意すら感じる。だって、さも「貴重品はここに入れてね」みたいにしておいて、「責任は負いません」ていうんだから。「ここに貴重品を入れてくれたら、もらったとみなします」って言ってるようなものじゃん)。

部屋に置いておくための、自分なりの良い方法というのはとても重要だと思う。なくなったら困る、換金可能で高価なものって、お金やカードに限らず、カメラとか携帯とか時計とかアクセサリとかラップトップとか、意外にたくさんあるじゃない?それらのすべてを常に持って食事に出たりするわけじゃなかったりするでしょ。だから例えばスーツケースをぜったいに開けられないようにした上で、スーツケースごと持ち去られることも防ぐような工夫をするとかね。

というわけで、

ぼくはTSUTAYAの会員証で引き出した現金ででタクシー代を払い、インターネットネットカフェに。
どうしても電話番号が分からなかったクレジット会社を調べてメモ。
再発行場所の地図をプリントアウト。

「アナタ、ニホンジンデショ?」
隣でインターネットしてた女の子が、ぼくに話し掛ける。
「ワタシ、ニホンゴワカルヨ」
—ほんと?でもぼく、忙しいのね。
「ワタシ、Yuna。アナタハ?」
—ごめん、Yuna。いまたいへんなんだ。

だって、彼女、女の子っていうか、オカマなんだもん。背がちっちゃくて、女の子のかっこうしてて、女の子みたいだけど、オカマなのね。
「アナタ、ワタシノオヘヤ、クル」
— …
「ワタシノオヘヤ、カワイイノ。チカイ」
インターネットでの用事が済んだぼくは、もう、どうでもよくなってた。
すっごく疲れてたし、手が動かないし、眠いけど朝一で日本に電話しないとだし、今夜は眠るわけにはいかないなって思ってた。
彼女がどういう目的でぼくを誘ってるのかよく分からないけど、もう、どうなってもいいや、って気持ちになってた。ひょっとしたら、怖いお兄さんたちが待ち構えてて、ぼくを身包みはがそうとしてるかもしれないけど、今のぼくはさっき下ろした残りの800円くらいの現金と、TSUTAYAの会員証しか持ってないし。ホテルのキーはフロントに預けてきたし。

 

—OK。君の部屋、行くよ。けど、何するの?
「What do you want?」
—君はどうしたいの?
「アナタノコトガシリタイ」
ううっ、ぼくはこの言葉にいちばん弱いのだ。でも、彼女、ほんとは男の子だよ。

これがYuna。今見るとけっこうかわいいのだ

彼女はぼくの腕にしがみついて、ぼくを引っ張って暗い道を歩く。
ポケットから、部屋の鍵を出して、ぼくのポケットに入れる。

彼女の部屋、カオサンにたくさんある、ゲストハウスの一室。バックパッカーたちが泊まる、安いホテルだ。
部屋に入るなり、彼女はぼくに抱きついて、キスしようとしてくる。
ちょっと待ってよ。
—お話しようよ
「No. I want you」
そうやって揉み合ってるうちに、ベッドに押し倒されてしまった。
「ワタシ、おかまヨ」
—知ってたよ
見たら分かる。
「What do you want to do?」
—君はどうしたいんだ?
「ワカラナイ。アナタノコト、ワカラナイ」
そう言われても。
彼女の目的がぼくにはわからない。彼女はぼくをどうしようとしているの?
結局、彼女と並んでベッドに横たわり、財布をなくしたことなんかを話した。

2時間くらい経っただろうか。
少し外が明るくなってきた。
日本は朝だ。ホテルに戻って電話しなきゃ。それに今日は、ホテルを移動する日だ。お昼までにチェックアウトして、カード会社のオフィスに、再発行してもらいに行かないと。
—ごめん、帰らなきゃ
「どうして?」
—お財布なくしたでしょ、だから、日本に電話したりいろいろしなきゃいけないんだ。
「一緒にいたい」
—ぼくも一緒にいたいけど、どうしても帰らなくちゃいけないのね。ごめんね。また会おうね。
「今度いつ会える?」
—今夜。
「どこで?」
—さっきのインターネットカフェ。11時に。
「OK、待ってる」
—うん、ごめんね。

彼女の部屋を出て、タクシーに乗る。
ホテルに戻って、数ヶ所に電話。
もう、ヘトヘトだ。一睡もしてないし。
でも、寝るわけにはいかない。
お風呂を入れて、熱いお湯で腕をマッサージする。
チェックアウトするために、荷物をまとめる。
手が不自由なので、時間がかかる。

次のホテルは中華街のホテル。
部屋は想像以上に汚い。
ベッドに腰掛けたとたん、足が痒くなる。虫がいるんだ。
ひどい。こんなホテル、燃えてしまえ。
さて、カード受け取りに行かないと。

タクシーに乗って駅まで行って、電車に乗る。
教えてもらったカード会社のオフィス、駅のすぐそばだ。よかった。

カードを受け取り、別のホテルに行く。翌日から泊まる予定のホテル。もう、チャイナタウンのホテルは今夜だけで十分だ。そこで宿泊の手はずを整え、またタクシーに乗ってチャイナタウンへ。
雨季なので、すごい夕立。
ホテルについたぼくは、疲れ果てて、泥のように眠った。

携帯の音で目が覚めると、朝になってた。父からの電話。
—うん、カード取りに行ったよ。今日でチャイナタウンは終わり。今日から街の中心にある別のホテルに泊まるね。
あ、しまった、昨夜、彼女とカオサンで待ち合わせしてたんだった!
寝過ごした!
しかも、一昨日から何も食べてない。

で、フカヒレ食べる。
チャイナタウンの病院に行く。
それからチェックアウト。新しいホテルに向かう。
このホテル、日本人が経営してる。
高速回線につなぎ放題。
部屋は清潔。しかも1泊6000円のところを3000円にまけてもらった。
超快適。
初めからここにしたかったんだけど、インターネットに繋がらないから、見つけられなかったのね。タイに来る前、自宅で見たことあるのに、ブックマークもどこか行っちゃって。自由にインターネットできれば、初めからここに泊まることができたし、お財布も無くさずに済んだのに。

(しかしながら、ほんとに初めからそこに泊まってたら、Yunaには会ってなかったし、そうしたら、その後タイに来ることもほとんどなかったと思うし、そしたら、ぼくは今とはぜんぜん違った人生を歩んでいたことだろう。今の、夢のような毎日とはまったく違った日々を送ることになっていたんだろうな)

カオサンロードで彼女を探す

部屋にマッサージのおばさんに来てもらい、疲れをとる。
真夜中、タクシーでカオサンに向かう。
彼女を探しに。

ぼくはどうしても、彼女にもう一度会わないといけない気がしてた。なぜだろう。
でも、彼女の部屋、ぼくはもう分からなくなってた。
一昨日の夜中、彼女に引っ張って行かれたけど、ヘトヘトに疲れてたし、暗くて道なんかよくわかんなかったし。
でも、きっと彼女、あの通りのどこかにいるはず。

カオサンのメインストリート(それをカオサンロードというんだが)を何度も往復して、彼女を探す。
例のインターネットカフェにも行ってみる。
— 一昨日の夜中、ぼくはここである女の子と出会ったんだけど、知りませんか?彼女は正確にはLadyboyで、背がこれくらいで、髪がこれくらいで…(「彼女は正確にはLadyboyで」って言わないと、「こいつあれを女の子だと思ってるのか、バカな外人」って思われるんじゃないかと思って)
「知らない」
そっか。そうだよね。

ブスのオカマを狙って釣り上げる→怖い

通りには、オカマの子たちがなんだかよくわかんないけどたむろしてる。
しばらくその子たちを観察して、その中でいちばん不細工な子に声を掛けた。
狙ってるなんて、間違っても思われたくなかったから。
(後で考えると、そんなわけないじゃんねと思う。「ブスな子を狙ってる」と思われるだけじゃんね。自分の方がすでに間違ってる)
— やあ、あのね、ぼくおととい、この近くで君のようなLadyboyに出会ったんだ。それで、このインターネットカフェで昨日待ち合わせしてたんだけど、ぼく寝過ごしちゃってさ、来れなかったのね。その子のこと、知らない?

「ごめーんなさーい。わたしその子こと知らないわ。それより私の部屋に来ない?」
— 君の部屋には行かない。ぼくはどうしてもその子に会いたいのね。会わなきゃいけないの
「きっとその子は、あなたに会いたいとは思っていないわよ。だから、私の部屋に行きましょうよ」
あのさ、いくら欲しいの?
いくら払えるの?
やっぱり。
お金目当てかよ(ちなみに、タイで値段を訊くと、このように「いくら出せるの?」と逆に訊き返されることがけっこうある。そのような価格設定の仕方って、ぼくの文化にはなく、ズルいかバカかだと思っちゃうけどね)
—悪いけど、お金払わないし、君の部屋にも行かない。ぼくはその子と待ち合わせしたけど、すっぽかしちゃったから、探してるの。会わなきゃいけないの。
「その子は、あなたのこと探してないわよ。もし探してるんだったら、今日もここにいるはずじゃない。だから、私の部屋に行きましょうよ」
そっか。
確かに彼女の言う通りかもしれない。←(なに言ってんだ、なわけないだろ。説得されるなよ…)
まあいいか、今夜は。もう探せないし。
—OK。君の部屋には行かないけど、喉が渇いてるから、外でお茶でもしよう。いい店知ってる?
「オシャレなバーがあるわ。こっちよ。行きましょう」

その子と3時間くらい話したかな。
(なんであんなブサイクとあんなに長時間話したのだろう?)

「明日はどうしてる?」
—明日は、アメックスのオフィスにカードを取りに行かなきゃいけないのと、チャイナタウンの病院に行くのね。手がこんなだから。
「私も行く」
—あっそう、ありがとう。でもひとりで行かないといけないから、ごめんね。
「大丈夫、私、あなたが用事してる間、外で待ってるから」
—大丈夫じゃないから。とにかくね、ひとりで行かなきゃなのね。
「どうして?」
—さっき話したように、ぼくがバンコクに来たのは、疲れを癒すためなの。それに、彼女のことも気になるし。
しーっ。彼女のことは忘れて。あなたの目の前にはこうして私がいる。それでいいじゃない

そんなこと言われても…。つうかこんなセリフ、なかなか一般市民が言えるセリフじゃないぜよ。すごいね。タダ者じゃないな。
けど、こんなんだったら、もっとかわいい子に声掛けてればよかった。よりによってこんなゴリラ顔のオカマなんて…。他にめちゃかわいい子、いっぱいいたのに…。「狙ってると思われたくない」とかいう間違ったへんなこと考えずに、はじめからかわいい子行ってれば、もっと楽しかっただろうにな。

—ほんとごめんよ。ぼくはね、さっき言った目的を達成するために、独りの時間が必要なのね。だから、君とずうっと一緒にいることはできないの。君に限らず、誰かと一緒にいることを避けたいんだ。だから今日君の部屋に行くことも、ぼくの部屋に君が来ることも、明日君といろんなところに行くことも出来ない。
「そう、わかった。じゃあ、あさっては?予定ある?」
—明後日のことはまだ決めてないけど、ビーチとかに行きたいかもって思ってる
(こんなの、答えなくていいのにいちいちマジメに答えてるからややこしくなってたんだね)
「私、いいビーチ知ってる。車かバイクで、2、3時間くらいなの。私が運転するから一緒に行きましょうよ」
—そこは、日帰りできるの?
「うううん、泊まるのよ。あなたとワタシ」
えー
ムリムリ。
—あのね、それはあまりいいアイディアではないと思うんだ
第1に、ぼくはこの通り結婚しているんだよ。
第2に、さっきから話している通り、ぼくには独りの時間というものがものすごく大切なんだ。
第3に、ぼくはこの旅で、いろんなことをしようと思っているから、泊まりでどこかに出掛ける時間はないと思うし、
第4に、手の調子がよくないから、病院にも通わないといけない。
だから、そのビーチには泊りでは行けないなんだか村上春樹みたいなしゃべり方だ。自分が
「ノープロブレム。日帰りで大丈夫。あさっての朝早く出て、夜帰りましょう。私あなたのホテルに迎えに行くわ。何時にする?」
—ちょっと待って。ぼくの今の状態で、あさってのことを今決めることは本当にムリなんだよ。もし良かったら、電話くれる?あさって、金曜日の朝。はいこれ、携帯番号。
「OK。金曜ね。電話するわ。きっとよ。
ところで、私、お化粧を落としたいの。部屋に戻っていいかしら?来てくれるわよね?」
—だからね、君の部屋には行けないから、君ひとりで帰ってお化粧落として寝なよ。ぼくも自分のホテルにそろそろ帰って寝ないと、もう4時だし。
「お化粧落としてくるから、ちょっとここで待ってて。私、あなたと一緒にあなたのホテル行く」
—さっきも言ったでしょ?覚えてるよね?ぼくは結婚しているから、「女性」と寝るわけにいかないのね。しかも、ぼくのホテルに友人を泊まらせるには、feeがかかるのね。それとその人のIDが必要なの。
「知ってる。それもノープロブレム。私ID持ってる」(カネは?)
君がID持っていてもぼくにはさっきも言ったとおりひとりの時間が必要だし(なんだこれ?IDのことだけ言って、お金のこととか軽くスルーだから、こっちは「ひとりの時間の必要性」という関係ない話を持ち出すハメに)明日はアメックスとか病院とか、行かなきゃいけないところがたくさんあるから、お願いだからひとりにさせてくれる?あさって、金曜の朝に電話して。ね。
「わかった。それじゃあ、金曜の朝に電話するわね」
—うん。
もちろん、ぼくはそんな電話に出るつもりはない(しかし恐ろしいことに、電話番号渡したらその場でかけて来やがったからね。ウソを教えてないか確認のために。タイではなんどもそれやられた。よっぽどみんなウソ教えて逃げるんだろうなw)
「それじゃ、またね」

ホテルに戻って、疲れ果てて寝る。

”金曜に電話して、って言ったじゃない。今日金曜よ”

3時間後、電話が鳴る。
—もしもし?
「アタシ。おはよう」
—おはよう。っていうか、寝てたんだけど、オレ。めっちゃ眠いよ。
「あなたが電話して、って言うから電話したのよ。ビーチ、どうする?」
ぼくは「あさって」って言ったでしょ?「金曜にかけて」って。なんでさっき別れたばっかりなのにいま電話してくれちゃってるわけ?
「だって、金曜に電話して、って言ったじゃない。今日金曜よ」
—なんだって?
「今日は金曜日。だから私はあなたとの約束を守って電話しているの」
—今日が金曜日?マジで?
「そうよ」
—ぼくは、明日が金曜日だと思っていたんだ。…ていうか、今日金曜ってことは非常にマズいよ。今日中にしなくちゃいけないことたくさんあるんだ。オフィスも病院も今日しか開いてないじゃん。えーマジ?今日金曜?そっかたいへんだ。とにかくありがとう。起こしてくれて。寝過ごすとたいへんなことになるところだったよ。あ、じゃあ、ぼくはこれから急いでシャワー浴びたり、電話したり、用意したりしなくちゃいけないから、切るね。この電話。ごめんね。ありがと。明日電話して。

彼女はなんか言ってたけど、もう勝手に切ってやった。
アメックス行って、その足で携帯屋さんに。昨日買ったばかりのプリペイド携帯、
—あのー、電話番号変えたいのね。なので新しいSIMカードくれない?
って言って、600円で新しいカード買って、番号変えた。
もうこれで、明日彼女から電話掛かってこない。
よかった。
なんなんだろう?あのしつこさ。
気味が悪い。あーほんと、彼女じゃない子に声掛けてればよかった。超イケてるLadyboyたくさんいたし、彼女と話してる最中も、その子たちがバンバンぼくにパンツ見せてきたりしてたのに。
別に見たくないけど。
だって、男が女のパンツ穿いてるだけだもんね。
よく考えてみたら。
だったら自分で穿くよ。
パンツはともかく、胸とかスタイルはすごいけどね。

土曜日、早起きしてウォークエンドマーケットに出掛ける。先週も買ったけど、またTシャツとポロシャツなんかを買う。
素敵。
ものすごくおいしいアイスコーヒーを飲む。
幸せ。

それからタクシーでチャイナタウンに。
朝ごはんに、フカヒレ。
このお店のいいところは、ぼくのことを知ってるから、何も言わなくてもフカヒレが出てきて、しかもお店の中で食事しながらタバコも吸える。普通のお店は禁煙なのに。なにしろ、カネに糸目をつけない太い客だと思われてるからね。
食事して、タバコ吸いながら今日の計画を立てる。
地図を見ながら、行く場所を考える。
チャイナタウンを端から端まで歩いて、泥棒市場で電気製品を見て、寺院を見て、カオサン。
カオサンでYunaの部屋を探す。

カオサンの一帯、すべての小道をしらみつぶし。絨毯爆撃だ。
全部歩いて回った。
数時間後、とうとう見つけた。
お財布をなくしたあの夜、彼女に連れられてきたゲストハウス。
すごく迷ったけど、意を決して、ゲストハウスに入る。
—1泊したいんですけど部屋空いてます?
「何名さまですか?」
—ひとり。
「350バーツです。5階のお部屋ですがいいですか?お部屋見ます?」
部屋は知ってるから見なくて大丈夫。だってぼくはこの前来たもんね。実は。
— 見なくてOK。
「それではこれがお部屋の鍵ヨ。ごゆっくり」
なんて、その子もLadyboy。
この街はLadyboyだらけ。

でも、会わなきゃいけないって気がしてならないんだ←オレはハルキかw

部屋に着いた。
最上階で、窓側。
目の前にチャオプラヤ川が広がる、すごく素敵な部屋。
これで1泊1000円だなんて。
歩きすぎて汗びっしょりだったので、シャワーを浴びて、今朝マーケットで買った服に着替える。
少し休む。
Yunaはきっと部屋にいるだろう。
だけど、何号室だったか忘れてしまった。
どうする?

でも、ぼくには一晩まるまるある。彼女に会えるチャンスが。
とにかく外で腹ごしらえをして、それで本でも読みながら、ロビーで彼女を待てばいい。

数時間後、ロビーで彼女を待ちながら、もう、こうなったら、フロントの彼女に相談するしかないな、って思った。
オカマの子って優しいし。
きっと大丈夫。

— あのー、ちょっと相談があるんだけどいい?
「なに?」
— ぼくは今週の火曜日に、カオサンである女の子に会ったのね。ここに泊まってる彼女の部屋で数時間話して、ぼくは自分のホテルに帰らなきゃいけなかったから、朝には別れて、その夜に待ち合わせをしていたの。でも、ぼくはその日行けなかった。それでその子を探してるんだ。正確には、女の子というより、君同様Ladyboyで、ちょうど君のように歯列矯正のブレスを着けてて。
「あー」
知ってるわ、って感じの頷き。
—その子はここに…
「泊まってるわ」
—ぼくは彼女の名前も忘れたし、今日やっとのことでこのゲストハウスを探し当てたけど、彼女の部屋も忘れたんだ。
「それで、あなたは彼女に会いたいのね?」
うん…、ていうか、会いたいのかどうか自分でもよくわからない。
でも、会わなきゃいけないって気がしてならないんだ。
(←オマエは耳のモデルのキキでも探しとんのか?ここは 「いるかホテル」か?)

「ふふ」
それでね、君の意見を聞きたいんだけど
彼女があなたに会いたいと思うか?
そう(なんでこの受付の子にこんなこと訊いたんだろ?わかるわけないじゃんね)
「わからない」(だよねー)
—ぼくは彼女の部屋を訪ねていいのかどうかよくわからないし、第一、彼女の部屋番号覚えてないのね。君に部屋番号を訊くこともしない。だって教えるわけいかないでしょ?だけど、
だけど?
だけど、もし彼女がここにいるなら、ぼくはここで待っていたいんだけど。
「それはかまわないわ。それから、もし良ければ
なに?
メッセージ残す?
お願いできる?(自分で早く気づけよ)
「ノープロブレムよ。でも、あなた今日も帰らなきゃいけないの?さっき1泊分払ったでしょ?」
—今日はここに泊まるよ。
「彼女はいま部屋にいるけれど、たぶんメークが終わってないはず。彼女がメークし終わるのは…
Midnight
そう、Midnightあなた自分の部屋で待ってた方がいいと思うわ
—OK。じゃあ、このメモ、渡してくれる?ありがとう。

「アナタ オヘヤ チョットマッテル」

深夜までは時間があるなーって思って、部屋で寝ることにした。せっかく素敵な部屋借りたしね。
ところが30分後、部屋の電話が鳴った。
ワタシヨ。アナタイマドコデスカ?
(どこって、ぼくの部屋に電話してきてるじゃん。)
フロントの彼女、すぐにぼくのメモを渡してくれたんだ。
—君の近く。
「ゲンキデスカ?」
—元気じゃないよ
「アイタイ、アナタ。スグ」
—うん、ありがとう
「アナタ オヘヤ チョットマッテル」
—OK。

20分後、また電話が鳴った。
アナタドコデスカ
部屋で待ってる。502
「アナタ ワタシノオヘヤ。404」
(なーんだ、ぜんぜん来ないなと思ったら、ぼくに来いって言ってたのか。)
—OK。すぐ行く。

彼女の部屋404(not found)なんてね
彼女の部屋404(not found)なんてね

彼女を訪ねると、髪をセットしているところだった。
抱きついてくる。
—ごめんね。
「何もいわないで」
ぼくをベッドに座らせる。
彼女はぼくの前で、髪をセットして、まつげを巻いて、マスカラを塗る。
ぼくの鼻の穴に自分の髪の毛を入れてくすぐろうとする。
「アナタ、ほも」
—なんだって?
「ほも。キャハハハ」
—ホモじゃないよ。

そんな感じでぼくをいじめたりくすぐったり。
ぼくは小悪魔系、苦手なんだけど。
ベタベタしてくると思ったら、突然マクラで殴ってきたり、ぼくの前髪をかき上げて、オデコを指して、
「アナタ オジサン」
って言ってきたり。
—そうです。ぼくは禿げてて、おじさんです。
「オジサン、キャハハハ」
なんて。

Don’t Phunk With My Heart

—ぼくはおなかがすいたよ。何か食べに出よう。
「オナカスイタ?OK」
彼女はぼくを引っ張って、外に連れてく。
カオサンロードにある、彼女のなじみらしいお店。
「なに食べる?」
—とにかくおなかすいたのね。だから、君に任せる。タイ語わかんないから、君決めて。
「カレー好き?」
—好き好き。カレーと、麺が食べたい。
「OK」

注文取りに来た人に、ぼくのこと、
「こいつ、ホモなのよ」
とか言ってる。
彼女の友達もたくさん来てる。
「こいつ、ホモ」
—はじめまして。ぼく、ホモじゃないから。
彼女は、ぼくの隣に座って、ぼくの肢に自分の肢を乗せる。
料理が来ると、手が不自由なぼくに、食べさせてくれる。
「あーんして」
みたいな。
(恥ずかしいなあ、もう)
彼女のオカマ友達がぼくたちの席に来る。
「あなた、今日これからどうする予定?」
—どうするって、朝までここにいて、…
「ニホンゴデイッテ」
—日本語分かるの?
「ゼンブワカルデ」
しかも関西弁かよ。
—朝までカオサンにいるけど、朝自分のホテル帰る。…ていうか、なんで君がそんなこと知りたがるの?
「カノジョガキイテル。カノジョハ2時ニげすとはうすモドルッテ。アナタハドウスルノカ」
—じゃあ、ぼくも彼女と一緒に戻るけど、朝になったら自分とこ帰るつもり。
「アッソ」
タイ語で彼女に伝えてる。
2時に店が閉まり、ぼくたちは追い出された。
彼女とゲストハウスに向かって歩く。
Ladyboyの彼女に腕を組まれて歩くぼくを、みんな不思議そうに見てる。
やっぱりおかしな光景だよね。
カオサンには日本人もけっこういるし。
あー恥ずかしい。けど、もうそんなことどうでもいい。
この非日常性、ぼくが求めてたのって、これかもしれない。
彼女と部屋に戻って、BSを見る。
ここではぼくの好きなブラックアイドピーズがブームらしい。
彼女と一緒に歌う。
No No No No No Don’t phunk with my heart〜♪
         

みたいな。

朝6時。
—ぼく、またお腹すいちゃったんだけど。
ぼくはここ数ヶ月、お腹が空くってことがほとんどなかったから、すごい進歩だ。
「また?わかった。行きましょ」
部屋を出て、ちょっと歩いたところに、もう屋台が出てた。
「これ食べる?おいしいよ、これ」
鶏肉を焼いたやつみたいなものを指差して言う。
—うん、じゃあそれ。
(こういうところで食べるの初めてなんだよね。メニューもないし、タイ語わからないし)
「麺もいる?」
—うん。
隣の屋台のお兄さんになにやら注文してる。
お兄さんたちは、折り畳みのテーブルを指して、ぼくに座れと言う。
さっきの鶏肉を切ったものと、ごはんと、ラーメンみたいなやつが出てくる。
そのおいしさときたら!
ぼくがそれまでに食べたタイ料理の中でいちばんのおいしさだった。
彼女は、ぼくのラーメンのスープを少しすくって味見して、砂糖と唐辛子と、そのほかなんだかいろんな調味料で味付けする。
—これ、超おいしい!
「分かったから早く食べて」
ちょっと待って。
「ほら、行くわよ」
—行くわよって、どこへ?
「オサンポ」
いつもは入れない寺院の裏口を開けて、ズンズン入ってく。
お坊さんたちが、朝の掃除をしてる。
「ボウサン。クスクス」

「アナタ、ボウサン」
分かった。禿っていう意味ね。
—はいはい、ぼくは禿です。おじさんです。ホモです。
「超笑える」
お寺を一周して(って軽く歩いたけど、けっこう有名な寺院らしいんだよね。後で知ったけど)、まだ眠ってるカオサンのメインストリートに出る。
コンビニに寄ったり、くすぐり合いをしながら。

アナタノ チ○チ○ 見タイ

部屋に戻って、テレビを見る。
彼女の友達が部屋に無理やり入ってくる。

Yuna(左)と彼女のともだち(右。たぶん女の子。男の娘ではない)

ものすごくかわいい子。女の子にしか見えない。っていうか、女の子よりかわいい。

 

ぼくの顔を見に来たらしい。Yunaのカレシが来てるって聞いたんだろう。その子が、
「アナタノ ○ン○ン 見タイ。Show me〜!」
なんて言いながら、ぼくのパンツの中に手を入れてくる。
—ぼくも君に○ん○ん見られたい。ぼくも君の胸と○ん○んが見たい
なんて言ってると、Yunaがその子を追い出してしまった。そうこうしてるうちにすっごく眠くなった。
彼女のベッドで、知らないうちに寝てしまってた。
途中、ぼくの部屋のチェックアウトをするからキーを渡せとか言って起こされたのをかすかに覚えてるけど、次に気付いたら昼過ぎだった。
(やばい)
ホテル戻らなきゃ。
ホテルに鍵置いて出たから、ぼくが帰ってないって心配してるかもしれない。
—ごめん、帰るよ。明日また会おうね。
「だめ。一緒にいたい。一緒にいたいの」
—だけど帰らなきゃいけないの、ごめんよ。
「明日、映画見る?」
—うん、見よう見よう。電話してね。

彼女の部屋を出て、大急ぎでタクシーに飛び乗り、ホテルに帰る。
お風呂に入って、さらに爆睡。

織田信長と森蘭丸。映画見に行く

翌日、携帯が鳴った。彼女からだ。
「Movie.早く来て」
彼女のところについて、またタクシーに乗って、知らない町に。
タクシーの中でもベッタベタベッタベタしてくる。
もう慣れたけど。
チャオプラヤ川を渡ったところにある、観光客なんてほとんどいなそうな普通の町だ。とはいっても、タイではこじゃれた雰囲気。
そこにあるシネコン。
ごはんを食べる。
ファストフードみたいなお店ばっかり。若い子向けのお店なんだね。
店のバイトの子達が、ぼくたちを見てクスクス笑ってる。
そりゃおかしいだろう。
だってさ、織田信長が森蘭丸連れて街を歩いてるみたいなもんだもんね。

彼女にお任せで映画を決めて、シアターに入る。
これでもかっていうくらい予告編を見て、最後に国王のフィルム。
そういえばどこかで読んだ。
みんな起立して直立不動。
ぼくも仕方なく。

映画は、なんだかよくわかんないけど、韓国のやつ。
しかも、タイ語吹き替え。
その映画自体がナンセンスなのと、台詞がさっぱりわからないのとで、ぼくはもう頭がおかしくなりそうだった。しかも、さっき行ったばかりなのに、おしっこが漏れそうだ。
—トイレ行っていい?
「ダメ」

でもしばらくすると、映画がつまらないことに気付いたらしく、やっと外に出ることを許してもらえた。っていうか、彼女も見るのをやめて、出た。
彼女とゲストハウスに戻る。もう、フロントの子たちとは顔馴染みだ。
それが月曜。
ぼくは水曜に帰国だ。

ブロークダウン・パレス

ゲストハウスに戻ったぼくらは、何をするでもなくいつものようにベッドに腰掛けた。
彼女の部屋には、特大サイズのベッドが1つあるだけで、それが部屋のほとんどを占領している。
だから、この部屋では、ベッドしか居場所がないんだ。
彼女は、どうしてなのかよく知らないけれど、冷房で部屋をキンキンに冷やす。
ぼくは冷房が苦手。
すっごく暑がりなんだけど、暑いのが好き。冷房を使うと、体の動きが良くなくなる気がして、東京の家でもほとんど冷房を使わない。
でもこのバンコクでは、建物内はめちゃくちゃ冷房が利いてて、タクシーなんかの中も寒い。
ホテルの部屋もそう。
その理由のひとつには、虫がわかないように、というのもあると思うけど。
寒いと蚊も寄ってこないんだよね。
ゴキとかも。

そういえば、「ブロークダウン・パレス」(’99)という映画を昔観たんだけど、それに超怖いシーンがあった。ぼくはそれ観て、ぜったいにタイなんて行くまいと心に決めたんだった(この映画は、タイでは上映禁止だったんだぜ。撮影もタイではさせてもらえなかったんだ)
バンコクの刑務所で、主人公の女の子が、どうにも具合悪くて、頭が痛くて、熱が出て、ものすごく苦しむ。
その原因が何かと思ったら、耳の中にゴキが入り込んでた、っていうやつ!

本作はタイでは上映禁止となった[4]が、ロケ地となったフィリピンでも上映禁止となった。これは主演のクレア・デインズが「マニラには下水道がなくてゴキブリの臭いがする。腕や足、目や歯がない人がいる。」とか「不気味で気持ち悪い」などとフィリピンを侮辱する発言をした(クレア・デインズ#批判の項を参照)ためで、フィリピン政府は彼女の出演映画全てを上映禁止としたうえ、彼女をペルソナ・ノン・グラータに指定した[5]。その後、デインズは発言を撤回して謝罪したものの、フィリピン政府は「永久に許すつもりは無い」と言明しており[6]、未だに処分は解除されていない。

ブロークダウン・パレス – Wikipediaより

www ペルソナ・ノン・グラータって!!w笑える。ペルソナ・ノン・グラータって言葉、憲法の教科書か何かで見た気がするけど、それに指定された一般人がいるんだ。
つうか、クレア・デインズ、撮影期間中、よっぽどイヤな思いをしたんだろうね。だって上記発言って、「マニラに下水道がない」以外は、おそらくほとんどが事実に基づいているでしょ「永久に許すつもりは無い」なんて、いち外国人女優に対して、厳しすぎる。なぜ彼女がそのような事実認識(誤認)や感想をもつに至ったかをよく調査すべきだ。国として改善すべき何かしらの問題があったことが容易に想像できる。クレア・デインズって、ジョディー・フォスターが出たイェール大学に行ってたんだよね、当時。ちょっと調子乗ってたかもしれないけど、バカではないんだよね。あ、逆にそうだからこそ、その事実誤認の発言は、わざと言った悪口なんだろうってことで怒りを買ったのかもね)

けど、ぼくは、滞在中、ゴキを建物内で見たことはない。幸せ。
きっと、冷房のおかげだね。

てなわけで、虫除けには冷房が大事だけど、彼女は冷房で冷やしすぎる。
ぼくは耐えられない。
しかも彼女、自分が部屋を寒くしておいて、
「寒い」
っつってすぐベッドに潜り込む。
ぼくはなす術なくなる。
だから、
— ぼく、帰るね
って言って、タクシー飛ばして自分のホテルに戻った。
彼女は
「Stay with me!」
なんて言ってたけど、そんなこと言われたら、ぼくだって心が揺らぐけど、帰らなきゃ。

マッサージでスッピンピン

翌日、火曜日。
バンコク最終日。
早起きして、マッサージに行く。
ぼくの手が悪いので、紹介してもらった上手なマッサージのおばさん。
ここ数日、そのおばさんのマッサージを受けて、手が劇的に回復してる。
その日は、
「今日はオイルマッサージしようね」
なんて言われた。
ホテルのようなスパの最上階の部屋に連れてかれた。
「脱ぐ」
と言う。
服を脱いで、という意味だ。
ポロシャツと短パンはすぐ脱いだけど、心配になった。
— 全部?
「そう」
パンツも脱いで、すっぴんぴん(「ぽ」だとなんか下品なので、音を変えてみた)
ベッドにうつ伏せに寝る。
足元からオイルでマッサージされる。
気持ちいいけど…。
太腿の付け根の方まで…、ちょっとそこはまずいです。
ていうか、そんなに足を広げたら、見えてるんじゃないですか?
自分のうつ伏せになって足を広げてる姿がどういう状態なのかよく分からないんだけど、非常に恥ずかしいのは確か。
相手は11歳の子供のいるおばさんだから安心だし、ぼくを子供のようにかわいがってくれてるからお母さんみたいな気がしてるけど、だからってそんな…
しかもうつ伏せが終わったら、仰向け。
一応タオルを掛けてくれるけど、お腹を揉んだり、足をしている間に、タオルなんかどっか行っちゃってるし。
お願い。
タオルを…。
って言いたいけど、そのおばさん、日本語も英語もほとんど話せないから。
2時間のマッサージは気持ちいいよりも恥ずかしさで終わった。
そしてシャワー。
オイルを洗い流してくれる。
あの〜、そこは自分で洗います!お願い!
心の中で叫んだけど、もう2時間も経ってるし、いまさら恥ずかしいなんて言えないし。
なんか平気な顔して平然としていないと逆に失礼な気もして。
けど泣きそうだった
その後は表参道っぽい街。
オシャレな街。
街行く若い子もみんな素敵な感じ。
小洒落てるようにみえる。
たくさんお金が余ってたので、ハードロックカフェに行ってハンバーガーを食べて、ちょっと買物して、お茶して(アメリカンな店やホテルのルームサービスでは、ハンバーガーを食べることにしている。なぜなら、決まって、とてもおいしいから)。
そんな時、携帯が鳴った。
— ハロー?
「イマ ナニシテル?」
彼女だ。
「I want to see you!」
— うん。ぼくはいま表参道。買物して、お茶してるよ。でもこの後は、夜にまたマッサージのおばさんに予約してるし、ナイトバザールに行かなきゃだから、深夜に君に会いに行くよ。
「No. I want to see you NOW」
— でも、今日最後だから、ぼくにも予定があるのね。夜は開けてあるから、夜に会おう、いい?12時半か1時には行くから。OK?
「Up to you」
— じゃあ、そういうことで、夜にね。

夕食、マッサージ、ナイトバザール。
最後の予定をこなした。
けど、けっこうおざなりにこなしたかも。
ぼくの心はカオサンに向かってたから。

最後の夜だから。

愛という名のもとに

そう、最後の夜。
23時に部屋に戻って、帰国の用意をした。いつも、いつでも出られるようにほとんどの持ち物をスーツケースにしまっていたので、ほとんど時間かけずにパッキング完了。今夜着るポロシャツと、明日の服だけ残して。きっと明日の朝まで部屋には戻ってこられないだろうから。

ホテルの主人が心配するといけないので、
今日はこれから出掛けます。ひょっとしたら朝まで帰れないかもしれませんが心配は無用です。朝10時にマッサージの予約をしているので、それまでには戻ります。それから明日の飛行機は22時発ですので、レイトチェックアウトさせてください
と、メモを残して出る。

繁華街の道路。
客待ちでたくさん停まっているタクシーの助手席のドアを開ける。
—カオサンまで
「200」
—ふざけるな!最大出して100バーツだ
「じゃあ無理」
—バーカ

この国のタクシーはひどい。
何度こんなケンカをしたことか。
80バーツで行くところを、外国人だと思ったら吹っかけてくる。メーター無しで走る。
2週間いてもう馴れたけれど。
次のタクシー。
—カオサン
「200」
—ボリすぎ。めちゃくちゃ。それ。
「じゃあいくらなら出せる?」
(なにこの人?ちょっと弱気?)
—せいぜい100
「120」
—OK。じゃあ120。

助手席に乗り込んだぼくは、
—あのね、ぼくは毎日ここからカオサンまで行ってるの。メーターだとだいたい85。
「そうそのくらいだな」
とドライバー。
(なにこの人?認めてるじゃん自分で)
—でしょ?だけどぼくはそれにチップ込みで100払ってるのね。
だけど、今日はぼくにとってSpecial Dayなのね。なぜなら今日がぼくにとってバンコクの最後の夜だから。
で、カオサンにいる友人のところに遊びに行くんだ。
そんな特別な日だから、120払う。だからあなた超ラッキーなんだよ。

「ああ、まあな」
—ところであなたはこのエリアが自分のテリトリーなの?
「うーん、まあそうだな」
面白いこと言うやつだな、なんて感じで、打ち解けた笑顔を見せる。
—この辺りでお客拾って、近所まで運んで、それを繰り返す方が効率いいんだね。
「そう」
—ふだん一晩でいくらくらい稼ぐの?
「○○くらいかな。それから会社に車のレンタル代とガソリン代引かれて、飯食って、ってそんな感じだよ。けど見てみろよ、今日はタクシーがすごい。客待ちで長蛇の列だよ。これじゃいくら待ったって客掴めないよな」
—でしょ?だからあなたすっごくついてるんだよ。85のところを120も出すぼくが乗ったんだからさ。ぼくがSpecial Nightだったおかげでおじさんまでスペシャルナイトなんだよ!約束だから120払うけどさ。

それからどんどん打ち解けて車の話になり、どの車が好きかとか、自分の車持ってるかとか。
「俺はよう、女房と子供を田舎に置いて、ここで仕事してるんだ」
— 田舎にはどれくらいの頻度で帰るの?
「2、3ヶ月に1回、1週間くらい帰ることにしてる。子供が3人いるんだよ」
— 3人?すごいね。いくつ?
「いちばん上が19。女の子。大学行ってる」
— 大学行ってるの?それは本当に立派だね。

 

この国の平均就学年数は9年弱と言われている。つまり、中学2年くらいで学校を辞めちゃうらしい(当時は。10年経った現在は少し違ってきているんじゃないかな)。
その中で、大学に行くというのはすごいことのようだ。最近できた電車に乗ると、大学生みたいな子ばかり乗っているけど、みんなとても小綺麗にしていて、オシャレ。裕福そうな子ばかり。
そういう大学生たちを見ていてちょっと面白いな、と思ったのは、「わたしはチガうのよ」って感じで、すまして歩いてる点。わざと英語で書かれている教科書を見えるように手に持っていたり。差別意識が強いといわれるこの国で、すごく高いプライドを持っているんだろうな。
そんなわけで、この国で大学に行くことはおそらくかなりのステイタスだろうなということが想像できる。
このタクシーのおじさんは、出稼ぎでタクシーの運転手をして、子供を大学にやっている。思えばこうして英語で会話できてるわけだし、すごくがんばり屋さんで、家族思いで、立派な人なんだろうな。

 

ぼくが知り合った人たちの多くは、こうして田舎に子供を置いて、出稼ぎで働いてる。「都会は危ないから子供に良くない」って。1度だけマッサージをしてもらった40歳のおばさんも、田舎に18歳の娘を置いて来ている。年に1回しかお嬢さんに会えない。その子の写真を大事そうに見せてくれた。見るからに頭の良さそうな、綺麗な子だった。そう言うと、
「学校でもトップクラスなの」
と嬉しそうに話してくれた。
— お嬢さんが着てるの、これ、日本のキモノじゃないですか?
「娘は日本が大好きなの」
いつもお願いしているマッサージのおばさんも、11歳の娘を田舎に置いて来てる。そして、自分の妹2人と3人で都会に出て、3人で部屋を借りて、朝から深夜までマッサージの仕事をしてる。
泣きそうになっちゃう。
ルビー・モレノに会社のお金を渡したチョロ(*1)の心境だ。
(*1)中野英雄 『愛という名のもとに』

タクシーはカオサンに着いて、降りる。
— ありがとう。はい、約束の120。元気でね!
「ありがとう!君も元気で!Good Luck!!」
何度も何度も言われた。
確率から言って、もう二度と会うことはないと思う。すごく切なくなった。

彼女のゲストハウスの入り口のテラスで、顔なじみのスタッフが、ビール飲んで談笑してる。
— Hi!
ぼくは建物の中に入って、フロントのスタッフに、
— 404号室呼び出してください
と言う。
すると、テラスで飲んでた子が来て、
「404は今出掛けてるよ」
って教えてくれた。
(0時か1時に行くからねって言ったのに、どこ行ってるんだろ?)
— じゃあ、ここで待ってていい?
「もちろん、どうぞ」
その子もLadyBoyだ。背が高くて、カッコイイ。ちょっとスカしてるけど、素敵な子だ。
すぐ帰ってくるよね、なんて思いながら、ソファーで本を読む。
(そうだ、何か食べよう。お腹すいちゃったもん)
テラスで飲んでる彼女たちに、
— ちょっと散歩行ってくるね
と言い残して出掛けた。
少し歩いて、今朝彼女と食べた屋台に寄る。
いろいろ食べたけど、ここがいちばんおいしかったもん。屋台のお兄ちゃんはぼくを覚えてた。
「座って」
今朝と同じものを持ってきてくれた。おいしいオレンジジュースも。
屋台でのんびり食ってたら怒られるってガイドブックに書いてあったけど、食べながら本を読んだ。どうせ真夜中だし、大丈夫でしょ。現地の子と友達だってことも知ってるし。
なんかこの国、単なる外国人と、現地の人とでは扱いが全然違う。外国人は、外国人価格で割高にされるし、ちょっと冷たくされる。
だけど現地の子と知り合いだと、仲間として扱われる。今夜も、書いてある値段より全然安い値段で食事出してくれたし。
ここに座ってれば、部屋に戻る彼女は必ず通るから、きっと会える。だからできるだけゆっくり食べた。

最後の夜、最高の夜、切ない夜

でもやっぱりそれほど長時間座ってるわけにはいかなかった。蚊が刺して痒いし、外は暑い。
仕方ないのでゲストハウスに戻ることにした。

ロビーのソファーでまた本を読む。この国の人気タレントが書いた本の日本語訳。
外で飲んでたスタッフの一人がぼくの前を通ったので、
— 今日、この本買ったんだけど、この著者知ってる?
と言ってみた。
「あー、知ってる〜。えー日本語訳も出てるの?ちょっと見せてもらっていい?…あ、ねえ、良かったら一緒に飲まない?テラスで」
彼は男の子なんだけど、見るからにゲイ。
よくアメリカの映画で見るような、典型的なゲイで、話し方も(英語なのに)超オカマ言葉で、歩き方も腰フリフリ。見てるだけで面白いんだけど。
— うん。いいの?
「もちろんよ。一緒にお話しましょうよ」
彼とテラスに出る。彼は、さっきYunaが出掛けてるよって教えてくれた彼女に、
「matoko連れてきちゃった〜。彼ったら、この本読んでるのよ〜」
なんて言って。そして二人して、
「さ、早く、座って座って」
って言いながら椅子を用意して、ぼくを座らせてくれる。
「ビール、飲みましょ」
— ありがと。でもぼくはビールがいちばん飲めないんだ。でも、さっき買ったジュースあるから、これ飲むよ。
本の話をしたり、明日の便で日本に帰るんだ、なんて話をした。
しばらくすると、ゲストハウスの前に、でっかい四駆が停まり、中からめっちゃ綺麗な子が降りてきた。
彼らの仲間らしい。
どう見ても女の子にしか見えないんだけど、その子もLadyBoy。細くて、日焼けしてて、超セクシーな子。デスチャとかにいても分かんないと思う。TLCとか。プッシーキャットドールズとか。安室奈美恵とスーパーモンキーズとか。だいたい一緒だけどMAXとか。
その子も加わって、パーティーが始まった。彼らはぼくに気を遣って、英語で話すんだけど、だんだんそんなこと忘れてぼくの分からない言葉で大盛り上がりする。通りかかる車や人になにやら色っぽい言葉を叫んだり、警官に色目使ったり。
ぼくが最初にYunaのことで相談したスタッフの子も加わる。
「ねえねえ知ってる?この子の胸、ニセモノなのよ」
と言いながら、彼女の胸に手を入れて、ヌーブラみたいなカップを取り出す。
いくらなんでも、ぼくにはやっぱり女の子にしか見えないから(ってぼくはもうLadyBoyを女性として見るようになってた)、恥ずかしくて仕方ない。目のやり場に困る。
彼女たちが盛り上がってるのを見ていると、面白くて笑いが止まらなかった。あんなに何時間も笑い続けたのは初めてだ。
栓抜きがないので、ぼくが栓抜きなしでビールの蓋を開けてあげると、
「キャー素敵!matokoカッコイイ〜」
なんて言ってくれるし。
そんな感じで4時間くらい、彼女たちが騒いでるのを眺めてた。飲まないよって言ったのに、結局ぼくもビールをしこたま飲まされた。
でも、ほんとに楽しい夜だった。
この旅行で、いちばん楽しい時間だった。何年分も笑った。
この国にやってくる外国人、特に日本人のおっさんは、お金を払って女の子のお店に行き、同伴とかアフターとか(よく知らん)、よくわかいんないけどそんないやらしいことをしに来る人たちばっかり(白人もいやらしいけどタイプが違う)。このカオサンに滞在してる日本人の若者も、旅先のここで出会った日本人同士でつるんでばかりいる。
でも、こうして現地の人達と友達になったら、こんなに楽しいのに(長くいると、そうとも言い切れないが。最初のうちはたしかに楽しい)。
いやなことも、疲れも、何もかも、全部忘れられるよ。会ったばかりでもすっごく打ち解けられるし、言葉が違ってもなんでも通じるよ。今夜でお別れなんて、切なすぎるよ。

午前4時半ごろ、やっとYunaが戻ってきた。
ワイワイやってるぼくらの前を、
プイッ
って感じで通り過ぎようとする。
みんなが慌てて、
「カレが来てるよ、待ってたのよ」
なんて言うけど、どういうわけか、彼女はぼくを睨んで、部屋に帰って行った。

どうしていいかわからないぼくは、動かずにいた。急いでタクシーに乗ってやって来たのに、ぼくが来るって知ってるはずなのに、彼女出掛けてるし。
何時間も何時間も待ってたのに、ぜんぜん帰ってこないし。
みんなで飲んでる間、彼女のこと待ってたけど、みんなでこうして話してるの、みんなが騒いでるの見てるの、本当に楽しかったから、もう、なんかYunaには腹が立ってきちゃった。
席を立って彼女を追いかけないぼくを見て、
「彼女、やっと戻って来たわね〜。早く彼女の部屋行きなさいよ」
ってみんなが言う。

— いや。彼女はtoo late。 So・・・
「So? So what?」
— So・・・so I…
(もう、彼女になんか会いたくないよ。もう朝じゃんか。時間ないじゃん。みんなといる方が楽しいよ)

「So、 you MUST go her room!」
みんなが声を揃えて言う。
— No. I’m not going…. Because I…
言葉が続かない。
「Because you love her、 don’t you?」
(そんなんじゃない)
— I don’t know. I don’t know what…。ぼくと彼女はそういうんじゃないから。ぼくはただ…
(ぼくはただ約束してたから。今夜が最後だから)
「But she loves you. あなたは彼女に会いに来たんじゃない?こんなに待ったじゃない?404はあなたを待ってるわよ。早く行って。明日帰るんでしょ?」
がんばって!とか、楽しんで!とかって、むりやり促されて、仕方なく404号室に向かう。
彼女が遅いから、ぼくはみんなと仲良くなれたんだけど、どうも納得できない。みんなといたい。もっと。

404のドアをノックする。
3回くらい叩いて、やっと彼女がドアを開ける。
— ずっと君を待ってたんだよ。

彼女の部屋へ向かう
彼女の部屋へ向かう

「黙って」
というように、彼女はぼくの口に手を当てる。ぼくを壁に押し付けて、何か言いたそうにぼくを見上げる。
でも何も言わない。

— ぼくは今日帰るのね。日本に。もうすぐホテルに戻らないと。
「ダメ」
— 君が会いたいって言うから、12時半からずっと待ってたんだよ。もう時間ないよ。
「No!」

これだから小悪魔は…。どうしたらいいの?ほんとに途方に暮れる。

— ぼくは君のことをほとんど知らないよ。君の部屋は寒いし、君はいつもベッドに入って、ぼくにも寝ろって言うし、だけどぼくは寝たくないし、時間もったいないし、日本にも帰らないといけないし。君が、あの日、ぼくのことを知りたい、って言ったから、ぼくはここへ来たんだけど、ぼくは君のことをいまだにあまり知らないよ。どういう子なのか、どこから来たのか、どういう夢を持っているのか…

「ワカラナイ」
— ぼくの言ってることわからない?
「ワカル」
そう言って、泣いてしまった。
もう、何を言っても、耳を塞いで、シーツにもぐりこんでしまった。

しばらく待って、ぼくは訊いた。
— 君の本当の名前は?みんなが呼んでるYunaってのは、あだ名なんでしょ?

この国の人たちは、お互いにあだ名で呼び合うらしい。本名は長くて覚えにくいし、呼びづらいかららしいけど、それで世の中が回ることがフシギ。

彼女は、シーツから出てきた。洗面所に入って、IDを持って出てきた。
「これ。これが名前」
— そう。ありがとう。
「私の誕生日、1月1日だって言ったでしょ?この名前は…」
— そういう意味なの?
「違う。違うの」
そう言って、彼女は紙に絵を書きだした。山と太陽。
— 朝日?
「違う」
— 日の出?
「違う。うーんと…」
— 夕方?
「夕方って何?」
太陽が沈む時
「そう!この名前はそういう意味。私その時に生まれた」
— 綺麗な名前だね
本当に素敵な名前だ。ロマンチックだ。
— 名前のことは分かったよ。もっと君と話したいよ。“太陽が沈む時”ちゃん。
「うう」
彼女は口ごもってしまった。

その時やっと気付いた。
彼女はぼくが話す英語は理解できるけれど、自分でたくさん英語を話すことはできないんだ。
簡単なフレーズは、ほんとすらすら話せるみたいなんだけど、長い話をすることまではできないらしい。
小悪魔的に、気まぐれに振舞っているからぜんぜん気付かなかった。
彼女は、何か言おうとして、口の中で小さくつぶやいている。でも、言葉にならない。話したいのに話せない、という感じで、辛そうだ。
— 分かった。ゆっくりでいいよ。君が話したいことを君の友達に話して、通訳してもらってもいい。ぼくは10時にマッサージの予約があるから、9時にはここを出なくちゃいけない。下のテラスで待ってるから、君が話したいことがまとまったら降りてきて。
今思えば、自分があんなにマッサージの予約にこだわってたのがよくわかんない。すっぽかせばいいだけじゃんね。すっぽんぽんでティンティン見られた上に洗われたりしてイカれちゃってたのか?いろんなところで約束しまくって、それを全部守ろうとして、てんやわんやになってる。ばかなのか、おれ。おれは予約とかがほんと嫌いで、だから美容室とか行かずに自分で散髪してるくらいなのに)

そう言って、彼女の部屋を出た。
テラスでタバコを吸って待った。外は明るくなっていて、一緒に飲んでた連中も、もういなくなっていた。
喉が渇いて、お腹も空いてきたので、コンビニに買いに行った。
そしてまたテラスで待った。
彼女は降りて来ない。
ぼくは彼女に手紙を書くことにした。
またコンビニに行って、レポート用紙と鉛筆を買った。
ぼくがこの国に来た理由、フランスに行けなかったこと、いろんなことを書いた。手が不自由なので、なかなか字が書けない。書こうとすると、すごく痛む。1字書くのに、ものすごく時間がかかる。
あっという間に9時過ぎになった。
彼女は来ない。時間切れだ。

あまりまとまらない内容の手紙だけど、それを持って彼女の部屋に行った。
ドアノブには、「メークアップして下さい」の札がかかっている。彼女いないの?
何度ノックしても返事がない。
ぼくがコンビニに行っている間に、入れ違いになったんだろうか。
ドアの隙間から手紙を入れて、ゲストハウスを出た。
さようなら

悲しい気持ちでタクシーを拾い、ホテルに戻り、マッサージに行く。
お店の前で、おばさんが待ってる。
「おはよう。さあ、いらっしゃい」
ぼくを部屋に連れてく。
「朝ごはん食べた?」
— 食べてないです
「これ、あなたに」
お芋を揚げたみたいなものをぼくにくれる。ぼくのために買ってくれていたようだ。
「お茶持ってくるわね」

お母さん!

ぼくはYunaと、なんだか腑に落ちない別れ方をしてしまい、気分が沈んでて、食欲なんてなかったけれど、お母さんの優しさが身にしみた。
無理やり流し込んだ。
マッサージの間ずっと、彼女のことを考えてて、いつもと違って何も話さないぼくに、お母さんも何も言わなかった。
終ったあと、
「今日帰るのね。寂しいわ」
と言った。
— うん。ごめんね。ぼくも寂しいです。
「アナタ ヤサシイ。優しい子」
と言って涙ぐんだ。
ぼくも。

お母さんは、ぼくが手の調子悪いのに、昨夜徹夜でお酒飲んで、オカマの子の部屋に行ったり別れたりしたのに気付いてるだろうか。
きっと夜遊びしたことに気付いてるだろうな。体触ったら分かるだろうから。
ごめんね。せっかく一生懸命マッサージしてくれて、動かなかった手が回復してきてたのに。

神様、もう少しだけ

どうにも切ない気分のまま、ホテルの部屋に戻った。風呂を入れて、2時間くらい浸かった。
最後の片付けをして、荷物を持ってフロントに行く。荷物を預かってもらい、この旅で最初に泊まったオリエンタルホテルに向かう。
最後の半日は、この素敵なホテルで過ごそうと決めていたから。
ラウンジで本を読んだり、ぼんやりしてみる。
だけど気分が晴れない。
アイスコーヒーを注文した。この国の甘いアイスコーヒーに、ぼくはハマってしまった。

ラウンジで本を読んだり、ぼんやりしてみた。せっかくのアイスコーヒーを飲みそびれた。

注文してすぐ、携帯が鳴った。
— ハロー?
「イマドコ?」
彼女だ。
— オリエンタル
「ナニシテル?」
— お茶してるんだ
「キョウナンジ カエル?」
— 9時の便だよ
「すぐに会いたい。あなたにすぐに会いたいの。来て。404」
— 分かったけど、行くのに40分くらいかかるよ。そしたらぜんぜん時間ないよ。それでもいいの?
「いい。早く来て」

お前が来いよ、って感じだけどね。
いっつもぼくが呼び出されてさ。会いたきゃそっちが来るべきだろうが。
なんて言いたくなるけど、仕方ないんだ。
最近なんとなく分かってきたけど、彼女たちは彼女たちで、限られた世界でしか生きられないんだ。自由に生きているように見えるけど、彼女たちのような人たちは、普通の世界ではやはり奇異の目で見られる。
それはこの国でも同じらしい。
だから、あの街から外に出るのは難しいようだ。

アイスコーヒーを頼んだ女性を呼ぶ。
注文したばかりなのに、もう会計だ。彼女も、え、もう?てな感じで少し笑う。
— ほんとにごめんなさいね。残念なんだけど、行かなきゃなんだ。電話が来ちゃって
「もちろんです」
このホテルの従業員は、みんなすごく素敵だ。
英語はネイティブみたいに完璧だし、もてなし方が洗練されている。その上、美人しかいない。
その女性も、うっとりするような美人。
しかもどことなく、ぼくが女の子に呼び出されたらしいことに気付いているような感じ。
「たとえコーヒー来たばかりでも、女性に呼び出されたら行かなきゃね」
みたいなちょっとエスプリを感じさせる笑顔でぼくを見る。

アイスコーヒーもこの女性も名残惜しいけど、オリエンタルホテルを後にして、タクシーに乗る。
バンコク名物の渋滞に見事にひっかかり、ぜんぜん進まない。時間がどんどんなくなっていった。こんな時に限って。
彼女から電話が来なかったら、ぼくの方から会いには行かなかっただろう。行くつもりはなかった。
ちゃんとさよならできなくて、一日中気になっていたけれど、ぼくは会いに行くのをためらっていた。手紙に携帯の番号を書いて残したので、帰る前に、きっと彼女からかかってくると思っていたし、心の中で、ずっとそれを待っていた。
そして、彼女は掛けてきた。
アイタイ
ぼくもどうしても会いたい。

やっとのことでゲストハウスに着いた。昨日一緒に飲んだ子が受付にいる。
— Hi、昨夜はありがとう。すごく楽しかった

 

「私もよ」

ぼくのそっくりさん(笑)、金城武

404に駆け上がり、彼女の部屋をノック。返事はない。
ドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。彼女はベッドで泣いていた。
— 渋滞で遅くなっちゃった。もう時間がないんだ。だから行くね。最後に君に会えてよかったよ。
「いや。行かないで」
— ごめんよ。もう時間がなくて。email、ぼくもするから君も送って。この前のアドレスだからね。
「email、OK。きっとする」
— ありがとう。君と知り合って楽しかった。すごく素敵な時間だった。
「私も」
泣いてる。
— またね。もう行くね
「行かないで」
— ごめん。メールしようね

泣いている彼女を残して、部屋を出る。
フロントの子は、
「もう行くの?」
と言った。
— うん。飛行機の時間なんだ
「そう。…彼女は?」
— 会ってきた
「この数分のために、あなたここまで来たの?」
— 最後に彼女に会いたかったから
「そっか。残念ね」
— うん、とにかくありがとう。君のおかげで、探してた彼女に再会できたし、昨日の晩はすっごく楽しかった。最高の夜だったよ
「嬉しいわ。元気でね。また来るでしょ?」
— うん。また来たいと思ってる。君も元気で。君のお友達にもよろしく。

昨夜は本当に最高の夜だった。
ぼくの人生で、間違いなく最も楽しい夜のひとつ。
手が動かなくなったり、フランスに行けなくなったり、お財布をなくしたり、散々な目にも遭ったけれど、この2週間は、とても楽しかった。
そして、昨日の夜は、その中でもいちばん楽しい夜だった。
だからよけい切なさがこみ上げる。

タクシーの思い出ばっかり増えた旅

タクシーを拾う。
— ぼくはすっごく急いでるのね。だから、できるだけ早くホテルに戻りたいのね。150払うから、可能な限り早く行ってくれます?分かる?
「……」
このドライバーは、英語が分かるのか分からないのかよく分からないけど、「分かった」みたいな顔で笑ってぼくを見る。本当に伝わってるのかなあ?なんか頼りないおじさんだなあ。
なんかトロいし。喋ってるぼくの顔を見てるもんだから、後ろの車から思いっきりクラクション鳴らされてるし、そのまま赤信号の交差点に進入して立ち往生して、前後左右からめちゃくちゃ怒鳴られてるし
あーあ。またハズレタクシーに乗ってしまったかなあ。

この国のタクシーの運転手の4人に1人は元犯罪者だという話で、確かにひどいのが多いけれど、ぼくはこの2週間の間に、素晴らしい運転手に何人も出会った。

・今朝戻る時に乗ったタクシーは、お願いだから30分で着いて、と頼んだら、「ちょっとそれはムリ」って言ったものの、朝のラッシュにもかかわらず、神業のようなドライビングテクニックと神業のような路線選択で、20分もかからず連れて帰ってくれた。空いてる真夜中でもそんなに速くは走れない、ふつう。

・財布をなくしたときに、一緒にトゥクトゥク(Yunaにトゥクトゥク、と言うと「トゥトゥ!」って思いっきり笑われた。日本のタイのガイドブックには絶対にトゥクトゥクって書いてあるんだもん)を探してくれ、文無しのぼくを警察にまで連れてってくれたドライバー、

・いろんなところに電話を掛けまくって一緒にアメックスのオフィスを探してくれたドライバー、

・辺鄙なホテルに泊まってたせいで何台ものタクシーから乗車拒否されたぼくをものすごい速さで連れ帰ってくれ、おまけに「ホテルの手前のコンビニで降ろして」と言ったぼくに、「待っててあげるから買物しておいで」と言ってくれた(そんな人この国にはいない)超カッコイイ運転手、

・タクシー内でのタバコ絶対禁止のこの国で、「タバコ吸ってるんだオレ、ヘヘヘヘ」なんて言いながら窓から手を出してタバコ吸いながら運転してたやつ(この人が偉いわけじゃないけど、その時ラジオでかかってたヒットパレードの2位がUTADAのkeep tryin’、1位がブラックアイドピーズだったので。だってぼくのiPod nanoにはその2つしか入っていないんだ!)、

・ぼくをエロい店にどうしても連れて行こうとしたけどぼくがぜったいに行かないからって言い張って仲良くなったおじさん、

・無言だけどものすごいテクニックでぐんぐん渋滞をかわしたお兄ちゃん、

・道に迷った挙句に暑さで歩けなくなったぼくをチャイナタウンの病院まで送ってくれたおじさん、

・昨夜カオサンまで乗せてくれた大学生の子供のいるおじさん。

こんなふうに、タクシーでの出会いも意外と楽しかった。かなりケンカもしたけど。

しかし、このボケボケのオヤジは、やっぱりボケてた。抜け道とか知らないもんだから、案の定まんまと渋滞につかまり、動かない。
でも人は良くて、ぼくにガムをくれたり(渋滞でイライラするでしょ、ごめんね、みたいな感じで)、包み紙のゴミをポケットに入れようとしたら、おじさんがひったくって自分のゴミ袋に捨ててくれたり、「コーヒー味」とか言いながら別の飴をくれたり、かなりぼくに気を遣ってた。だから怒る気にもなれず、
しょーがないなー
みたいな気分に。
別にガムなんか食べたくないし、飴もいらないけどさ、なんかかわいいオヤジなんだよね。

まあ、なんとか無事に着いて、ぜんぜん早くなかったけど、約束どおりお金あげた。オヤジはめっちゃ喜んでたけど、ほんとはあげる必要ないのよ、だって約束とちがうもん。分かってる?

またタイに行かなきゃいけない気がしてならないんだ、
って感じになったんだw

スーツケースをピックアップして空港へ。
機内では半ば放心状態で過ごした。なんだかいろんなとんでもないことが起こって、とんでもない人たちと交流して、とりとめのない2週間だった。財布をなくして、疲れて、どうなってもいいやと思ってオカマのYunaについて行ったからだ。ふつうならあんな行動、ぼくはしないんだけどな。
そうしたら、また彼女に会わなきゃいけないって気がしてならないんだ、みたいになっちゃったから。彼女はなんだったんだろう?

そんな感じで、ぼくは日本での現実の世界に帰ったんだけど、以後、何度もタイを訪れることに。またタイに行かなきゃいけないって気がしてならないんだ、って感じになってしまってw。
あのめっちゃくちゃでカオスで無秩序な非日常をディープに体験してしまうと、日本でのいつもの日常があまりに退屈に感じるようになってしまったからね。

住むようになってしまったのはぜんぜん別の理由からだし、こんなにも暑すぎて雨も多くて湿度も高すぎるところじゃなく 、(先進国の)人間らしい、もうちょいきれいで機能的で、バカみたいな渋滞がない生活をしたいので、これ以上はここに住み続けたくはないけれどね。まあ理想を言えば、Amazonがなんでもすぐに配達してくれて、知的生産活動がもうちょっとしやすい場所がいいなと思っている。

ここにいると、気温がずうっと高いせいか、iPhoneやらMacなんかもダメになるのが早いし。それだけでなく、すべてのものの劣化がとても早い。ぼく自身の劣化も早まっているんじゃないかしら。それは困る。それを防ぐため、ストレスの多い日本を出たのだから。日本のように大きな気温差も、人間や細胞が消耗する一因になりうると思うけれど、気温と湿度がずうっと高いのも、確実に気力や体力にはマイナスに働くはずだからね。