エミリーと渋谷でデートした (emily2)

エミリーと渋谷でデートした (emily2)

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プランタン銀座で『ライ麦畑でつかまえて』を買ったときの話をした

電話したその日の午後、約束どおり、ぼくらは渋谷の東急文化村で会った。ぼくらは大学3年生。受験から2年とちょっとぶりの再会だ。

久しぶりのエミリーは、なんだかアート系の雰囲気だ。
文化村の地下にある洋書屋さんを覗いて、同じフロアにあるドゥマゴのテラスでお茶した。
話してると、彼女は、脈絡なく「ちぇっ」って言う。

deux magots
カフェオレがいいよ。ポットでいくらでもくれるよ。それとサンドウィッチが好きだったなー。バゲットに挟んであるんだ。場所もデートに最適だよ。エミリー的にもお薦めだよ。

「その『ちぇっ』っていうやつ、ホールデンみたいだよ」とぼくが言うと、

「そう。キャッチャーインザライ。あの本、好き?」
と彼女は尋ねた。ぼくは、

「ぜんぜん。
でも高校生の時、あの本は必ず読まなければいけない本だ、ってぼくはどういうわけだか思っていたんだ。ある日、プランタン銀座に行ったら、古本市やっていて、なんとなく本を見て回っていたんだ。そしたら綺麗な店員さんが近づいてきて、『なにかお探しですか』って言うんだよ。

デパートの古本市なんて、探してる特定の本なんてあるわけないじゃない?だいたい古本屋って、特定の本を探すというより、在庫に自分を合わせるって感じだよね?まあ神保町以外では。
それなのにこの店員さん、わざわざ『なにかお探しですか』なんて尋ねるから別にそのとき探していたわけじゃないんだけど『サリンジャーの”ライ麦畑でつかまえて”ありますか?』って訊いたんだ。なんか、文学好きの高校生って雰囲気でね。

ぼくとしては、どうせそんな本、この人知るわけないし、ここにあるわけないさって思いながらわざと言ったんだけどそのお姉さん、微笑みながら、ぼくを『かわいい』みたいな目で見て
『ああ、少しお待ちください』
って言うんだ。わ、知ってるんだ、この人!しかもほんとにあるんだ、ってうれしくなっちゃった。『サリーちゃん?』とかって聞き返されなかったからね。
でもしばらくして、
『ごめんなさい。やっぱりありませんでした』って言いに来たから、その売り場を離れたんだ。するとけっこう歩いたところで、その店員さんが走って追いかけてきて、息を切らしながら、『ありました』って。
そうなったら買うしかないじゃない?うれしいもんね。もうそれで、お金払うなりすぐ読み始めたよ。歩きながらもエスカレーター乗りながらも。そのまま地下のお店入ってサンドイッチ食べながらも。
でもあまりにつまらなくて、途中で読むのやめた。ぼくは途中で本を読むのやめるなんてほとんどしたことないのに。それでさ、出会いがいい感じだっただけに、大嫌いになったよ、あの本。でもプランタンは大好きになった。よくわからんデパートだと思っていたけど、いいお店だね」

“Catcher in the rye”をどうやったら『ライ麦畑でつかまえて』となるのかも、いまだに疑問だ

「私もきらい。何がおもしろいのかさっぱりわかんないわ。だから『ちぇっ』ていうことにしたの。でもあなたのそのエピソードは好き。素敵ね

彼女は昔から、こんな感じの褒め方をする。彼女から「それ素敵ね」とか「私も」って言われると、世の中くだらないのばっかと思ってる高飛車で生意気な彼女から、自分だけは認められてるって感じて誇らしくて気分いいし、
彼女が一層スカした顔で、
「あなたの○○好き」って言うのは、あなたのことが好きよっていう意味だとわかってた。
幼稚園のころから通算すると、ぼくに関するほぼすべてのことについて、そうコメントしているからだ。

けれどよく考えると、ぼくの方はスカしてばっかりで、彼女に、「これいいね」とか、「今日かわいいね」とか「君のピアノ好きだよ」とか言ったこと一度もない!ひどい。今になって気づいた。

つづきは

続エミリーと渋谷でデートした(emily3)

ナリタマトコの究極の記憶法(emily4)

彼女のことをエミリーって呼ぼう(emily5)

エミリーとホテル入る誘い方考えてみた(emily6)

あれは究極のデートだったことに気がついた(emily7)

冷静と情熱のイツカ(emily8)

最後にエミリーへ(emily9)

本ポストは

ぼくが法学部法律学科ではなく法学部政治学科に入学したヒミツ(emily1)

のつづきだよ。[/three-fourths-first][one-fourth]..[/one-fourth]

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